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title: "アビイ・ロード（ビートルズ）：おすすめのレコードとCD"
description: "ビジネスが崩れていくなかで、ビートルズは『アビイ・ロード』を録音しました。どう作られたか、横断歩道のジャケット、そしてどのアナログ盤とCDを買うか。"
canonical: "https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/abbey-road-beatles/"
locale: "ja"
published: "2026-10-02"
updated: "2026-10-02"
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# 『アビイ・ロード』：その物語と、手に入れる価値のある盤

『アビイ・ロード』（*Abbey Road*）を作ったのは、自分たちのお金を誰に任せるかで、もう意見がまとまらなくなったバンドでした。[オリンピック・スタジオ](https://en.wikipedia.org/wiki/Olympic_Studios)での業務の会合で、[ビートルズ](https://en.wikipedia.org/wiki/The_Beatles)は3対1で[アラン・クレイン](https://en.wikipedia.org/wiki/Allen_Klein)を迎えることを決めました。反対したのは[ポール・マッカートニー](https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_McCartney)で、4人の意見が割れたのはこれが初めてです。「あれは自由の鐘のひびだった」とマッカートニーは語っています。「あのあと、元どおりになることは二度となかった」。プロデューサーの[ジョージ・マーティン](https://en.wikipedia.org/wiki/George_Martin)は、『レット・イット・ビー』の後はもう彼らと仕事をすることはないと考えていました。マッカートニーがもう一枚作りたいと電話してきたとき、マーティンは条件を出しています。「昔のやり方でプロデュースさせてくれるなら」。アルバム発売の6日前、[ジョン・レノン](https://en.wikipedia.org/wiki/John_Lennon)はマッカートニー、[リンゴ・スター](https://en.wikipedia.org/wiki/Ringo_Starr)、クレインに「離婚したい」と告げました。スタジオにいた彼らが、これで終わりだとわかっていたのかどうかは、今も議論が分かれています。3人が次のアルバムの相談をしているテープを所有するビートルズ研究家の[マーク・ルイソン](https://en.wikipedia.org/wiki/Mark_Lewisohn)は、そこに「ほぼ全面的に前向きな気持ち」のバンドを聴き取っています。そして彼らが残したレコードは、「Come Together」から、はぐれたような終幕の「Her Majesty」まで、**17曲すべてに弱い曲が一つもありません**。

## どんなレコードなのか

実のところ、二枚のレコードが片面ずつ入っているようなものです。A面は独立した6曲。B面はさらに2曲で始まり、そこからセッション中に「ザ・ロング・ワン」と呼ばれていた、8曲をつないだ16分のメドレーに入ります。この形は、独立した曲を望んだレノンと、『サージェント・ペパー』（*Sgt. Pepper*）のような組曲を望んだマッカートニーとマーティンの妥協だった、と語られるのが普通です。それぞれの面が、それぞれの望みをかなえました。

ビートルズのアルバムで初めて、全編を8トラックのテープと、EMIのトランジスタ卓TG12345で録音した作品でもあります。エンジニアの[ジェフ・エメリック](https://en.wikipedia.org/wiki/Geoff_Emerick)はMusicRadarに、その卓には「全チャンネルにリミッターとコンプレッサーが付いていた」と振り返っています。トラック数が増えたことで、スターのドラムを初めてステレオで録ることもできました。[ジョージ・ハリスン](https://en.wikipedia.org/wiki/George_Harrison)はモーグ・シンセサイザーを買い込んでいて、「Maxwell's Silver Hammer」から「Because」まで4曲で聴くことができます。「取扱説明書なんてなかった」と、彼は『アンソロジー』で語っています。

1969年の批評は割れていました。半世紀後、『ローリング・ストーン』誌は2020年の「史上最高のアルバム500」で、この作品を5位に選んでいます。

## 三つのスタジオで過ごした半年

最初のセッションは1969年2月22日、ソーホーの[トライデント・スタジオ](https://en.wikipedia.org/wiki/Trident_Studios)でした。ここで「I Want You (She's So Heavy)」のベーシック・トラックが録られ、ハモンド・オルガンを[ビリー・プレストン](https://en.wikipedia.org/wiki/Billy_Preston)が弾いています。その後の作業は、トライデント、バーンズのオリンピック・サウンド・スタジオ、そしてアビイ・ロードにある[EMIスタジオ](https://en.wikipedia.org/wiki/Abbey_Road_Studios)を行き来しました。EMIスタジオが通りの名前を名乗るのは、アルバムより後の1976年です。7月と8月、バンドはEMIの第2スタジオを午後2時30分から夜10時まで押さえました。

予約の初日は7月1日で、レノンがスコットランドで自動車事故を起こした日でもありました。ほかの3人は7月9日まで彼抜きで作業を続けます。戻ってきたレノンには、彼より重傷で、妊娠中だった[オノ・ヨーコ](https://en.wikipedia.org/wiki/Yoko_Ono)が付き添っていました。レノンはハロッズにダブルベッドをスタジオまで届けさせ、ヨーコはマイクを頭上に吊るしたそのベッドに横になっていました。

それでもハリスンは『アンソロジー』で、この夏をいくらか良い時期として振り返っています。「アルバムの間に、少し前向きになっていった……メドレー全体を演奏できた……実際、また前よりミュージシャンらしく演奏していたんだ」。1969年8月20日、4人は曲順を決め、「I Want You」をミックスしました。**それが、ビートルズの4人がそろってスタジオにいた最後の日です。** 『アビイ・ロード』は彼らが最後に録音したアルバムで、先に始まっていた『レット・イット・ビー』は、この後に仕上げられ、発売されました。

## 収録曲

- **「Come Together」** はレノンの曲で、もとはスローガンでした。[ティモシー・リアリー](https://en.wikipedia.org/wiki/Timothy_Leary)がカリフォルニア州知事選に出ようとしたときのために書いた「Come Together – Join the Party!」です。レノンは1969年7月にこれを作り直しましたが、[チャック・ベリー](https://en.wikipedia.org/wiki/Chuck_Berry)の「You Can't Catch Me」に似ていたことから、[モリス・レヴィ](https://en.wikipedia.org/wiki/Morris_Levy)の音楽出版社ビッグ・セブン・ミュージックに訴えられます。1973年の和解で、レノンは次のアルバムにビッグ・セブンの曲を録音することになりました。スターはタムにふきんをかぶせて叩き、マッカートニーはフェンダー・ローズのエレクトリック・ピアノを弾いています。レノンはこの曲をビートルズで気に入っている曲の一つに数えていて、2011年に『ローリング・ストーン』誌が引用した言葉がこれです。「ファンキーで、ブルージーで、歌もなかなかうまく歌えてる」。
- **「Something」** はハリスンの曲で、1968年9月、『ホワイト・アルバム』のセッション中に書き始められました。アルバムに使われたベーシック・トラックは1969年5月2日の録音で、ここでもプレストンがオルガンを弾いています。8月15日にマーティンのストリングスが加えられ、ハリスンはそのときギター・ソロを弾き直しました。[フランク・シナトラ](https://en.wikipedia.org/wiki/Frank_Sinatra)はこの曲を「過去50年で最高のラブ・ソング」と呼んでいます。
- **「Maxwell's Silver Hammer」** はマッカートニーの曲ですが、楽しんでいたのは彼だけでした。事故後のレノンが戻った初日の7月9日から何度もセッションを重ね、8月6日にはマッカートニーがモーグのソロを加えています。「最悪のセッションは『Maxwell's Silver Hammer』だった。あれほどひどい曲の録音はなかった」と、スターは2008年に『ローリング・ストーン』誌に語りました。ハリスンは1977年2月、『クロウダディ』誌にこう言っています。「『Maxwell's Silver Hammer』は、ずいぶん甘ったるかった」。
- **「Oh! Darling」** もマッカートニーの曲で、彼は少しずつ歌い込みました。1日1回だけ挑戦したのです。「1週間、毎日早めにスタジオに入って一人で歌った。最初は声がきれいすぎたからね」と『アンソロジー』で語っています。「1週間ずっとステージで歌ってきたような声にしたかったんだ」。
- **「Octopus's Garden」** は、スターがビートルズのアルバムで単独で書いた2曲目にして最後の曲です。着想は1968年、サルデーニャ島の[ピーター・セラーズ](https://en.wikipedia.org/wiki/Peter_Sellers)のヨットの上で得ました。『ホワイト・アルバム』のセッション中に2週間バンドを離れた後の家族旅行です。船長が、タコが石や光るものを集める話をしてくれました。ハリスンはコードを手伝い、スターに頼まれて、ストローで牛乳のグラスに息を吹き込み、泡の音を作っています。
- **「I Want You (She's So Heavy)」** はヨーコを歌ったレノンの曲で、アルバムのために最初に録音され、仕上がったのは最後のほうでした。ジャケット撮影と同じ8月8日に、彼はモーグのホワイト・ノイズを加えます。そしてフェードアウトさせる代わりに、7分44秒のところでテープをばっさり切らせました。「フェードアウトで終わるものと思っていたら、突然ジョンが『テープを切れ』と言ったんだ」とエメリックは振り返っています。A面はそこで終わります。
- **「Here Comes the Sun」** はハリスンの曲で、1969年4月、サリー州ユーハーストにある[エリック・クラプトン](https://en.wikipedia.org/wiki/Eric_Clapton)の家の庭で書かれました。本当ならアップルに行っているはずの日でした。「それで、ある日アップルをさぼって、エリック・クラプトンの家に行くことにしたんだ」と『アンソロジー』で語っています。「あのまぬけな会計士たちに会いに行かなくていい解放感は、最高だった」。ベーシック・トラックはレノン抜きで録られ、8月19日にモーグを加えて完成しました。
- **「Because」** はレノンの曲です。1980年に[デヴィッド・シェフ](https://en.wikipedia.org/wiki/David_Sheff)が行ったインタビュー集『All We Are Saying』で、レノンは、ヨーコが弾くベートーヴェンの「月光」ソナタを聴いて、そのコードを逆から弾いてほしいと頼んだと話しています。ただし著述家のドミニク・ペドラーは、コードは文字どおりソナタを逆にしたものではないと指摘しています。レノン、マッカートニー、ハリスンが三声のハーモニーを3回重ね、合わせて9声。マーティンはエレクトリック・ハープシコードを弾いています。8月1日の中心となったセッションが、アルバムのために録られた最後のベーシック・トラックでした。「彼らは、特別なことをしているとわかっていた」とエメリックは語っています。
- **「You Never Give Me Your Money」** がメドレーの幕を開けます。マッカートニーのベーシック・トラックは5月6日にオリンピックで録られました。1997年に[バリー・マイルズ](https://en.wikipedia.org/wiki/Barry_Miles)と作った著書『Many Years From Now』で、彼はクレインを念頭に書いた曲だと語っています。「要するに、相手を信じられない、という歌なんだ」。評論家の[イアン・マクドナルド](https://en.wikipedia.org/wiki/Ian_MacDonald)は、この読み方を疑っていました。ベーシック・トラックの録音は、二人の対立がもっとも激しくなる前だったからです。
- **「Sun King」** はレノンの曲で、「Here Comes the Sun King」という仮題で練り上げられました。始まりをハリスンはこう覚えています。「手始めに、[フリートウッド・マック](https://en.wikipedia.org/wiki/Fleetwood_Mac)の『Albatross』をやるつもりでいこうって」と、1987年に『ミュージシャン』誌に語っています。歌詞のスペイン語はでたらめのスペイン語です。「なんとなくそれらしく聞こえるスペイン語を、適当につなげただけさ」と、レノンは1969年に話しています。
- **「Mean Mr. Mustard」** は、レノンが1968年にリシケシュで書いた曲の一つです。新聞で読んだけちな男の話がもとになっていて、デモではミスター・マスタードの妹の名前はシャーリーでした。レノンがそれをパムに変えたことで、次の曲とつながります。
- **「Polythene Pam」** も同じくリシケシュで書かれたレノンの曲です。「ポリシーン」・パット・ドーソンと呼ばれたキャヴァーンのファンと、1963年8月にガーンジー島で詩人の[ロイストン・エリス](https://en.wikipedia.org/wiki/Royston_Ellis)とその恋人と過ごした一夜が下敷きになっています。次の曲と一続きで録音されました。
- **「She Came In Through the Bathroom Window」** はマッカートニーの曲で、アップル・スクラッフスと呼ばれたファンたちが、はしごを使ってセント・ジョンズ・ウッドの彼の家に入り込んだ出来事を歌っています。その一人、ダイアン・アシュリーは1994年、作家のスティーヴ・ターナーに「よじ登って入ったのは私です」と話しました。
- **「Golden Slumbers」** は、[トマス・デッカー](https://en.wikipedia.org/wiki/Thomas_Dekker_(writer))の1603年の戯曲『Patient Grissel』に出てくる「Cradle Song」の詞に曲を付けたものです。マッカートニーはリヴァプールの父の家で、義理の妹ルースが置いていった楽譜を見つけました。楽譜が読めなかったので、自分でメロディを書いたのです。録音はレノンが入院中の7月2日で、次の曲と一続きで録られ、8月15日に30人編成のオーケストラが加えられました。
- **「Carry That Weight」** は4人のユニゾンで歌われ、「You Never Give Me Your Money」のメロディが戻ってきます。『Many Years From Now』で、マッカートニーはクレインが来た後のアップルを振り返っています。「深刻で、被害妄想じみた重苦しさで、ただただ居心地が悪かった」。
- **「The End」** は、マクドナルドの数え方では、ビートルズの4人がそろって録音した最後の曲で、スターがバンドで叩いた唯一のドラム・ソロが入っています。説得したのはマーティンでした。「ソロには興味がなかった」とスターは『アンソロジー』で語っています。「あのドラム・ソロは、今でも僕がやった唯一のソロなんだ」。続いてマッカートニー、ハリスン、レノンの順に2小節ずつのギター・ソロを回し、それを3周します。「ガンマンの撃ち合いみたいだった」とエメリックは言います。「それでいて、敵意も緊張もまったくなかった」。曲は、与えた愛と返ってくる愛を歌った、ひとつの対句で終わります。
- **「Her Majesty」** は、本来なら聴かれるはずのない曲でした。マッカートニーが7月2日に録音し、7月30日にメドレーから外されます。テープ・オペレーターのジョン・カーランダーは、何も捨ててはいけないと言われていたので、空白のリーダー・テープを挟んで、リールの最後にこの曲をつないでおきました。そのため曲は「Mean Mr. Mustard」の最後のコードで始まり、途中でぷつりと終わります。マッカートニーはこれを残しましたが、オリジナルのジャケットには曲名が載っていませんでした。

「Something」と「Come Together」は両A面シングルとして、アメリカで1969年10月6日、イギリスで10月31日に発売されました。ハリスンにとって、ビートルズで初めてのA面です。ビルボードのチャートで1週1位になり、イギリスでは4位まで上がりました。アルバムはイギリスで通算17週1位を記録し、その間の1週だけ[ローリング・ストーンズ](https://en.wikipedia.org/wiki/The_Rolling_Stones)の『レット・イット・ブリード』に首位を譲っています。アメリカでは11週1位でした。日本でもオリコンのLPチャートで最高3位となり、1970年代を通じてトップ100に298週とどまっています。

## 本人たちの言葉

マーティンは『アンソロジー』で、これを「とても幸せなレコード」と呼びました。「みんな、これが最後になると思っていたから幸せだったんだろう」。彼らが何を知っていたかについては、慎重に言葉を選んでいます。「最後のアルバムになると確かに知っていた者は誰もいない。でも、みんなそう感じていた」。そして、この作品が好きな理由は単純でした。「全員が実によく働いた。だから、とても気に入っているんだ」。

レノンは自分の作ったものについて何度も考えを変え、そのどれにも日付があります。1969年には、『アンソロジー』に再録された発言で、メドレーの自作曲をこう説明しています。「なんとなく意味が通るまで、あちこち入れ替えた……インドで書いた、仕上がっただけのくだらない断片さ」。1年後には、『Lennon Remembers』として出版されたインタビューで[ジャン・ウェナー](https://en.wikipedia.org/wiki/Jann_Wenner)に語っています。「A面は好きだった。もう一方の面のポップ・オペラみたいなのは、ずっと好きじゃなかった。がらくただと思う」。全体については、「よくできたアルバムだった。ある意味『ラバー・ソウル』みたいに……でも、本当の意味での生気がなかった」。そして1980年、シェフには「『アビイ・ロード』は、本当は未完成の曲を全部くっつけたものだった」と話しています。

くっつけたのは誰か。マッカートニーは『アンソロジー』で、この問いに慎重に答えています。「余った断片をまとめようというのは、たぶん僕のアイデアだったと思う。でも、こういうことを自分の手柄にするのは少し気が引ける」。マーティンは同じ本で自分の役割も主張し、マッカートニーと二人で「長いほうの面をまとめた」、そして「ジョンは強く反対した」と語っています。

同じく『アンソロジー』で、スターはその面をレノンとは違うふうに聴いていました。「『レット・イット・ビー』の悪夢の後で、『アビイ・ロード』はうまくいった。B面は見事だよ。あの狂気の灰の中から生まれた最後のパートは、僕にとって、僕らが組み上げた中でも最高の作品の一つだ」。

ハリスンは初めてのA面を軽く受け流しました。「これまでにB面を何曲かいただいたけど、A面は今回が初めてなんだ。大したことじゃないだろ？」と、1969年10月8日にBBCのデヴィッド・ウィッグに語っています。

アップルでの会合を収めたルイソンのテープには、3人が率直に言い合う様子が残っています。レノンはマッカートニーに、グループのほかの誰も「Maxwell's Silver Hammer」を「気に入って」いなかったと言います。マッカートニー、「好きだから録音したんだ」。続けてマッカートニー、「このアルバムまで、ジョージの曲はそれほど良くないと思ってた」。ハリスン、「それは好みの問題だよ。ずっと前から、みんな僕の曲を気に入ってくれてる」。

## ジャケット

写真は[イアン・マクミラン](https://en.wikipedia.org/wiki/Iain_Macmillan)が1969年8月8日の昼前に撮りました。警官が車を止めている間に、アビイ・ロードの真ん中に置いた脚立の上からの撮影です。マッカートニーのスケッチをもとにしていて、撮影は数分で終わりました。多くの記録は6コマとしていますが、スタジオの歴史を書いたブライアン・サウスオールは2009年、BBCニュースに「7、8枚しか撮っていない」と話しています。マッカートニーは拡大鏡で見比べたうえで、5枚目を選びました。画面の左から右へ、デニムのハリスン、裸足で足並みのそろわないマッカートニー、黒のスター、そして先頭を歩く白のレノン。後ろに停まっている白いフォルクスワーゲン・ビートルは、向かいのフラットの住人のものでした。

デザインはアップルのクリエイティブ・ディレクター、[ジョン・コッシュ](https://en.wikipedia.org/wiki/John_Kosh)によるもので、英国オリジナルのビートルズのジャケットで、表にバンド名もタイトルもないのはこれだけです。「バンド名をジャケットに書く必要はないと言い張ったんだ。なにしろ世界一有名なバンドなんだから。EMIは、バンドが誰なのか書かなければ1枚も売れないと言ったけど、僕が押し通して、それでうまくいった」と、コッシュは2009年にBBCニュースに語っています。

この写真が無邪気なままでいられた期間は、長くありませんでした。「ポール死亡説」を信じる人たちは、これを葬列と読み解きます。裸足のマッカートニー、右手のたばこ、そしてビートルのナンバー・プレートLMW 281Fを「28 IF」と読んだのです。スターは1969年10月23日、ニューヨークのラジオ局WMCAの[アレックス・ベネット](https://en.wikipedia.org/wiki/Alex_Bennett_(broadcaster))との対話で答えています。「信じたい人は信じるだろう。僕に言えるのは、それは本当じゃないということだけだ」。2010年12月には、横断歩道そのものが「文化的・歴史的な重要性」を理由に、英国の指定建造物グレードIIに登録されました。

ジャケット自体にも、盤の年代をすぐに見分けられる点が二つあります。英国初回印刷の裏ジャケットではアップルのロゴがずれていて、後に直されました。米国初回印刷では写真がトリミングされておらず、画面の下に四角い金属の路面の蓋が写っています。詳しくは、下のプレスの項で説明します。

## どの盤を買うか

盤を選ぶ前に、どちらのミックスが欲しいかを決めてください。売られているミックスは2種類あるからです。**1969年のステレオ・ミックス**は、オリジナル盤、1980年のモービル・フィデリティのLP、1987年と2009年のCD、2012年のLPに収められています。2019年の50周年記念盤はすべて、そして2025年以降にプレスされたLPも、[ジャイルズ・マーティン](https://en.wikipedia.org/wiki/Giles_Martin)とサム・オケルがオリジナルの8トラック・テープから作った新しいステレオ・ミックスです。リミックスは声や楽器のバランスそのものを組み直すので、同じレコードのきれいなコピーではなく、別のレコードになります。違いは[オリジナル、再発、リマスター、リミックスのガイド](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/original-reissue-remaster/)で説明しています。

### アナログ盤

ショップの価格は2026年9月29日に確認しました。中古の相場は、各版のDiscogsリンクからご覧ください。

- **1969年の英国オリジナル、Apple PCS 7088。** EMIのプレスで、マトリクス番号はYEX 749とYEX 750です。最後の溝とレーベルの間の滑らかな部分であるランアウトには「YEX 749-2」「YEX 750-1」と刻印され、その後にアルファベットのコードが続きます。ジャケットの印刷はギャロッド＆ロフトハウス。最初期のジャケットは、裏のアップルのロゴがずれていて、表の写真は後のものより狭くトリミングされ、空と、右下の路面の蓋が少なく写っています。最初期のレーベルでは、B面に「Her Majesty」の表記がありません。その次に来たのが、ロゴがそろい、蓋も見えるけれど、レーベルはまだ最初期のままの盤です。「Her Majesty」を記したレーベルは、さらに後になります。**1969年9月にイギリスで売られた盤です。裏のアップルのロゴと、B面のレーベルを確かめてください。** *中古のみ：[Discogsの販売履歴](https://www.discogs.com/release/2607424)。*

- **1969年の米国オリジナル、Apple SO-383。** 製造はキャピトルで、B面のレーベルには「MFD. BY APPLE RECORDS, INC.」とあります。米国初回のジャケットは写真がトリミングされていないため、下に四角い金属の路面の蓋が見え、「Her Majesty」はジャケットにもレーベルにも載っていません。ユーザーが書くDiscogsの注記によれば、『アビイ・ロード』は、絵柄を厚紙に直接印刷するプリント・オン・ボードのジャケットで出た唯一のビートルズのアルバムです。後の貼り合わせジャケットのロットでは写真が拡大され、蓋が見えなくなりました。キャピトルの各工場はランアウトに印を残しています。ジャクソンヴィルは「O」、ロサンゼルスは星、ウィンチェスターは角笛のような「◄」、スクラントンは三角形の中の「IAM」です。1969年11月以降の再プレスでは、レーベルとジャケットに「Her Majesty」が加わりました。**1969年10月にアメリカで売られた盤です。路面の蓋と、「Her Majesty」がないことで年代がわかります。** *中古のみ：[Discogsの販売履歴](https://www.discogs.com/release/3972811)。*

- **1980年のモービル・フィデリティ、ハーフ・スピード盤、MFSL 1-023。** テープとカッティング・レースをどちらも半分の速度で回すハーフ・スピード・マスタリングを、JVCカッティング・センターでスタン・リッカーが手がけ、日本のJVCがプレスしました。ランアウトには手書きの「SR/2」、ジャケット上部には黄色い「Original Master Recording」の帯、レーベルはキャピトルの「C」が入った白です。モービル・フィデリティにとって最初のビートルズ作品で、ジャケットの表記は© 1979です。**古くからのオーディオファイル向けの選択肢で、1969年のミックスです。** *中古のみ：[Discogsの販売履歴](https://www.discogs.com/release/728419)。* ある所有者のレビューは、2019年のLPに次ぐ2番目と評価しています。

- **2012年の180g LP、PCS 7088。** 2009年のデジタル・リマスターをアナログ盤にしたもので、カッティングはショーン・マギー（ランアウトに彼の印「i…i」があります）、プレスはドイツのオプティマル・メディアです。ランアウトには「94638246817 BA92379-01」または「BA98379-01」と刻まれ、「Her Majesty」はジャケットにもレーベルにもステッカーにも記されていません。**1969年のミックスで出た最後のLPで、今は中古で探す盤です。** *新品は入手できません：[タワーレコード オンライン](https://tower.jp/item/2837918)では廃盤とされ、注文できません。中古：[Discogsの販売履歴](https://www.discogs.com/release/4037087)。*

- **2019年の50周年記念LP、0602577915123。** ジャイルズ・マーティンのミックスを、アビイ・ロード・スタジオでマイルス・ショーウェルがハーフ・スピードでカッティングしたもので、ランアウトには「MILES. ABBEY ROAD ½ SPEED.ROOM 30」と刻まれています。欧州盤は180gでオプティマル・メディア製、米国盤にはB0030719-01の番号が入っています。同じバーコードで2025年にプレスされた盤は、ランアウトが「BP36617-01」で、マイルス・ショーウェルの刻印がありません。Discogsの注記によれば別のラッカー・カッティングなので、新品がどちらなのかは手に取るまでわかりません。**タワーレコード オンラインで新品で買える、唯一のLPです。2019年ミックスなので、どちらのカッティングかはランアウトで確かめてください。** *新品：[タワーレコード オンライン](https://tower.jp/item/4948123) 6,390円（税込）、在庫あり、輸入盤。中古：[Discogsの販売履歴](https://www.discogs.com/release/14186441)。* 所有者の多くは新しいミックスを気に入っています。不満は、一部の盤のサーフェス・ノイズと、ハーフ・スピードのカッティングが平板だという一人の声です。

- **2019年の50周年記念3LPボックス、0602508007446。** 2019年のLPに、アウトテイクやデモ、スタジオでの会話を収めた2枚組の『Abbey Road Sessions』を加えたものです。すべて180gでオプティマル・メディア製、全面をショーウェルがハーフ・スピードでカッティングし、上から開けるボックスに折り込みのブックレットが付きます。**アルバムの制作過程をアナログ盤で聴くためのもので、買う理由はセッションの2枚です。** *新品は入手できません：[タワーレコード オンライン](https://tower.jp/item/4948116)では現在注文を受け付けていません。中古：[Discogsの販売履歴](https://www.discogs.com/release/14183308)。*

### もっとも納得のいく買い方

- **2019年のLPを選んでください。** タワーレコード オンラインでは6,390円（税込）で、同店で新品で買える『アビイ・ロード』のLPはこれだけです。中身は2019年のミックスです。

- **1969年のミックスをアナログ盤で聴くなら、中古で探すことになります。** 後年の英国盤か米国盤のApple盤、あるいは2012年のLPです。どれもオリジナルではなく、どれかがほかより音が良いとする資料も見つかりませんでした。リスクは盤の状態なので、支払う前に[レコードのコンディションの見方](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/record-grading/)を、売り手の「初回プレス」を信じる前に[プレス識別ガイド](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/identify-vinyl-pressing/)を読んでください。

- **CDは、ミックスしだいです。** 新しいミックスなら、2019年の50周年記念CDが、タワーレコード オンラインで輸入盤2,190円、国内盤SHM-CDが2,860円です（いずれも税込）。1969年のミックスなら、2009年リマスターを中古で探してください。

### CD

- **2009年リマスター、0946 3 82468 2 4。** 解説には「このリマスター・アルバムは、オリジナルのステレオ・アナログ・マスター・テープから作られた」とあり、2009年9月9日に発売されました。紙ジャケットにブックレット、映像ファイル入りのエンハンストCDで、「Her Majesty」は独立した17曲目です。欧州盤のプレスはシナラム、国内盤TOCP-71013も同じリマスターです。**1969年のミックスのCDで、オリジナル・テープからリマスターされています。** *新品は入手できません：[タワーレコード オンライン](https://tower.jp/item/2580939)では輸入盤、[国内盤TOCP-71013](https://tower.jp/item/2563117)とも、現在注文を受け付けていません。中古：[Discogsの販売履歴](https://www.discogs.com/release/14722954)。*

- **2019年の50周年記念CD、0602508007439。** ジャイルズ・マーティンのミックスを1枚に収め、マスタリングはマイルス・ショーウェル。4面のデジスリーヴに20ページのブックレットが付き、マトリクスは「0800748 AJ76370-01」です。**新しいミックスを聴く、いちばん手軽な方法です。** *新品：[タワーレコード オンライン](https://tower.jp/item/4948120) 2,190円（税込）、在庫わずか、輸入盤。国内盤SHM-CD（UICY-15850）は[2,860円（税込）](https://tower.jp/item/4948055)、在庫あり。中古：[Discogsの販売履歴](https://www.discogs.com/release/14198090)。*

- **2019年の50周年記念2CD、0602577915079。** 1枚目は2019年のミックス、2枚目はアルバムの曲順どおりにアウトテイク、デモ、別バージョンを並べています。スリップケースに入った見開きのデジスリーヴで、40ページのブックレット付きです。**アルバムの制作過程をCDで、手頃な価格で聴けます。** *新品：[タワーレコード オンライン](https://tower.jp/item/4948117) 4,690円（税込）、在庫あり、輸入盤。国内盤SHM-CD（UICY-79051）は[3,960円（税込）](https://tower.jp/item/4948054)、在庫あり。中古：[Discogsの販売履歴](https://www.discogs.com/release/14180845)。* ある所有者は、新しいミックスは生き生きしているものの、2枚目には落胆したと述べています。別のアルバムではなく、リハーサル中のバンドだったからです。

- **2019年のスーパー・デラックス、3CDとブルーレイ、0602577921124。** 2019年のミックスとセッションを収めたCD3枚に、ドルビーアトモス、5.1サラウンド、ハイレゾ・ステレオを収めたブルーレイ・オーディオが1枚。LPサイズのスリップケースに入ったハードカバーの本の形です。**サラウンドとアトモスのミックスを聴ける、唯一の形態です。** *新品：タワーレコード オンラインでは[輸入盤](https://tower.jp/item/4948107)は現在注文を受け付けていませんが、SHM-CD 3枚とブルーレイの国内盤（UICY-79050）が[14,080円（税込）](https://tower.jp/item/4948052)、在庫あり。中古：[Discogsの販売履歴](https://www.discogs.com/release/14191596)。*

日本では1983年5月21日に、東芝EMIがCP35-3016としてこのアルバムをCD化しています。世界共通の最初のCDは1987年のCDP 7 46446 2で、「Digitally re-mastered ℗ 1987」と表記され、中古は[Discogs](https://www.discogs.com/release/4445811)で見つかります。[タワーレコード オンライン](https://tower.jp/item/70238)では、この1987年盤は廃盤です。

## 中古盤で確認すること

まずランアウトです。英国オリジナルならYEX 749-2とYEX 750-1を、米国盤なら、どこでプレスされたかを示す工場の印を探します。読み方は[マトリクス番号のガイド](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/matrix-numbers/)で説明しています。次にジャケットとレーベル。裏のアップルのロゴ、米国盤の表の路面の蓋、そして「Her Majesty」の表記があるかどうかです。2019年のLPでは、ランアウトの「MILES」がハーフ・スピードのカッティング、「BP36617」が2025年のカッティングを示します。CDなら、カタログ番号とリマスターの表記を読んでください。どこを見るかは[中古CDの買い方](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/buying-used-cds/)にまとめています。

盤が届いたら、[Record by Record](https://www.recordbyrecord.app/ja/)にその版を記録しておきましょう。カタログ番号、ミックス、年。この先勧められるどの「初回プレス」も、それと比べて判断できます。

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HTML版：https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/abbey-road-beatles/
