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title: "ジャズの名盤10選：定番アルバムと、買う盤の選び方を解説します"
description: "ジャズの名盤として聴き継がれてきた10枚を、クレジットのつながりで選びました。録音の事実と、国内盤・輸入盤・再発盤から一枚を選ぶときに確かめたいことをまとめます。"
canonical: "https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/best-jazz-albums/"
locale: "ja"
published: "2026-10-07"
updated: "2026-10-07"
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# ジャズ名盤10枚：聴き継がれてきた定番と、手元に置きたい一枚

ジャズの名盤を一枚手に取って、裏返してみてください。ジャケットの裏は、ほとんどが小さな文字です。誰が何を演奏したのか。どこで録音し、誰が録音と制作を担当したのか。事務的な記載に見えますが、ジャケットの中でいちばん役に立つ部分です。

**裏ジャケットのクレジットは、次に聴く一枚への地図になります。** 一枚のアルバムから一人の名前をたどると、別のアルバムに行き着きます。たいていは同じ数年のうちで、同じスタジオであることも少なくありません。この10枚は、そうなるように選びました。ほとんどが、演奏者かスタジオか制作者を、リストのほかの一枚と共有しています。

辞書は「名盤」を「すぐれた演奏の録音盤。有名なレコード盤。」と説明しています。日本のジャズでは、その「有名」の中身を、ジャズ喫茶でかけられてきた回数や、レコード会社が名盤シリーズとして出し直してきた歴史が形づくってきました。何を名盤と呼ぶかは人によって違い、このリストも答えではなく、ひとつの提案です。範囲も絞っています。小編成のジャズと歌で、おもに1956年から1965年まで。ビッグバンドもフリージャズもフュージョンも、それ以降の録音も、それぞれに棚があってよいものです。クレジットを読み、名前をたどるやり方は、そこでも同じように使えます。

## 三つのスタジオと、ひとつのセクステット

一枚ずつ見る前に、10枚が描く形を見ておきます。

5枚は、[ルディ・ヴァン・ゲルダー](https://en.wikipedia.org/wiki/Rudy_Van_Gelder)のスタジオでブルーノートのために録音されました。最初はニュージャージー州ハッケンサックの両親の家で、その後は1959年7月にイングルウッド・クリフスに開いたスタジオで。2枚は1959年、ニューヨークのコロンビア[30丁目スタジオ](https://en.wikipedia.org/wiki/CBS_30th_Street_Studio)で作られています。**この10枚のうち7枚は、三つのスタジオで録音されています。** 残りは、ハリウッドのスタジオ、エンジニア自身が所有していたニューヨークのスタジオ、そしてグリニッジ・ヴィレッジのクラブで録られました。

中心にあるのは一枚のアルバムです。『カインド・オブ・ブルー』のメンバーは、このリストのほかの4枚にも登場します。知らなくても、どの一枚も楽しめます。ただ、棚がこうしてつながっている、というだけのことです。

## 1. マイルス・デイヴィス『カインド・オブ・ブルー』

これほど多くの家に届いたジャズのレコードは、ほとんどありません。アメリカだけで500万枚相当のセールスが認定されています。[マイルス・デイヴィス](https://en.wikipedia.org/wiki/Miles_Davis)はトランペット奏者でありバンドリーダーで、ジャズの響きを何度も変えてきた人です。1959年、彼は6人の演奏家を2日間集め、当時の速くて音数の多いジャズよりも、もっと自由で落ち着いた音楽を試みました。生まれたのは、ゆったりとして風通しのよい、気軽にかけられる音楽です。ジャズは自分に合わないと思っている人にも聴きやすいはずです。史上最高のジャズ・アルバムと評されることも多く、このあとに続く多くの盤がここにつながっているので、リストの最初に置きました。

1959年3月2日と4月22日、コロンビア30丁目スタジオで録音されました。メンバーはマイルス・デイヴィス、[ジョン・コルトレーン](https://en.wikipedia.org/wiki/John_Coltrane)、[キャノンボール・アダレイ](https://en.wikipedia.org/wiki/Cannonball_Adderley)、[ビル・エヴァンス](https://en.wikipedia.org/wiki/Bill_Evans)、[ポール・チェンバース](https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Chambers)、[ジミー・コブ](https://en.wikipedia.org/wiki/Jimmy_Cobb)。「フレディ・フリーローダー」の1曲だけはエヴァンスに代わって[ウィントン・ケリー](https://en.wikipedia.org/wiki/Wynton_Kelly)が弾き、「ブルー・イン・グリーン」ではアダレイが抜けています。この顔ぶれを覚えておいてください。リストの多くはここから枝分かれします。

盤について知っておきたいことがあります。ステレオ録音に使われた3トラックの機械がわずかに遅く回っていたため、**オリジナルのステレオ盤のA面は少し高く聞こえます**。1992年のステレオ・リマスターで修正されました。モノラル盤（コロムビア CL 1355）は別の機械から作られたので、この問題はありません。 クレジットにも注意点があります。制作者は[アーヴィング・タウンゼント](https://en.wikipedia.org/wiki/Irving_Townsend)ですが、1987年のCDは誤って[テオ・マセロ](https://en.wikipedia.org/wiki/Teo_Macero)だけをクレジットしました。「リマスター」は評価ではなく日付だということを、[オリジナル盤・再発盤・リマスターの違い](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/original-reissue-remaster/)で説明しています。この一枚では、その日付が測れるものを直しています。

## 2. キャノンボール・アダレイ『サムシン・エルス』

キャノンボール・アダレイは、大きく明るい音色のアルトサックス奏者で、『カインド・オブ・ブルー』のもう一人のサックス奏者です。彼のアルバムであるこの盤では、マイルス・デイヴィスがトランペットで加わり、さりげなく主導権を握っています。1曲目は、聴いたことのある人も多いはずの「枯葉」。その曲がゆっくり、やさしく演奏され、アルバム全体に夜更けのくつろいだ空気が流れています。『カインド・オブ・ブルー』の二人を間近に聴ける、穏やかな入り口です。

1958年3月9日、ハッケンサックで録音。規格番号はブルーノート BLP 1595 です。リーダーはアダレイですが、トランペットはマイルス・デイヴィスで、タイトル曲を書き、ライナーノーツによれば曲目の大半を選んだのもデイヴィスでした。1955年以降、デイヴィスがサイドマンとして参加した数少ない録音のひとつです。ピアノは[ハンク・ジョーンズ](https://en.wikipedia.org/wiki/Hank_Jones)、ベースは[サム・ジョーンズ](https://en.wikipedia.org/wiki/Sam_Jones_(musician))、ドラムスは[アート・ブレイキー](https://en.wikipedia.org/wiki/Art_Blakey)。

1986年の米国盤と日本盤のCDには「アリソンズ・アンクル」が追加されています。これはハンク・ジョーンズの「バングーン」の別名で、後の再発では「バングーン（別名アリソンズ・アンクル）」と表記されています。曲名は二つ、曲はひとつ。曲目表がそのまま中身の証明にはならない、という小さな教訓です。

## 3. アート・ブレイキー&ザ・ジャズ・メッセンジャーズ『モーニン』

アート・ブレイキーはドラマーで、[ジャズ・メッセンジャーズ](https://en.wikipedia.org/wiki/The_Jazz_Messengers)というバンドを率いていました。若い演奏家が腕を磨く学校のような存在だったバンドです。このアルバムは彼らのスタイルを最もはっきり示す一枚で、教会音楽とブルースに根ざした、力強く情感のあるジャズです。タイトル曲の最初の数秒を聴いてみてください。ピアノが呼びかけ、管楽器がそれに応えます。牧師の呼びかけに会衆が応えるように。

1958年10月30日、同じくハッケンサックで録音され、ブルーノート BLP 4003 として出ました。トランペットは[リー・モーガン](https://en.wikipedia.org/wiki/Lee_Morgan)、テナーは[ベニー・ゴルソン](https://en.wikipedia.org/wiki/Benny_Golson)、ピアノは[ボビー・ティモンズ](https://en.wikipedia.org/wiki/Bobby_Timmons)、ベースは[ジミー・メリット](https://en.wikipedia.org/wiki/Jymie_Merritt)、ドラムスはブレイキーです。

もとはバンド名だけのタイトルで、ティモンズが書いた1曲目の人気から『モーニン』と呼ばれるようになりました。日本では、この曲が特別な広がり方をしています。1960年の秋には蕎麦屋の出前持ちが「モーニン」を口笛で吹いていたと伝えられ、バンドは1961年1月に初来日しました。**名盤は、日本でどう聴かれてきたかという歴史も運んできます。** なお、1999年のCD再発には、タイトル曲の別テイクと、モーガンとヴァン・ゲルダーの短いやりとりが加わっています。

## 4. ソニー・クラーク『クール・ストラッティン』

[ソニー・クラーク](https://en.wikipedia.org/wiki/Sonny_Clark)はブルーノートに録音を残したピアニストです。タイトルどおり、気取って歩くような軽快なテンポの曲が並び、ピアノとトランペット、アルトサックスがのびのびと歌います。肩ひじ張らずに楽しめるので、ジャズを初めて聴く人にも入りやすい一枚です。

1958年1月5日、ハッケンサックで録音。ブルーノート BLP 1588 です。ソニー・クラークのピアノに、[アート・ファーマー](https://en.wikipedia.org/wiki/Art_Farmer)のトランペット、[ジャッキー・マクリーン](https://en.wikipedia.org/wiki/Jackie_McLean)のアルト、そして『カインド・オブ・ブルー』のポール・チェンバースがベース、[フィリー・ジョー・ジョーンズ](https://en.wikipedia.org/wiki/Philly_Joe_Jones)がドラムスで加わります。

このリストの中で、日本と最も縁の深い一枚かもしれません。本国アメリカではヒットにつながらなかった一方、日本ではとりわけ人気が高く、ジャズ喫茶で繰り返しかけられました。作家[サム・スティーヴンソン](https://en.wikipedia.org/wiki/Sam_Stephenson_(writer))が The Paris Review に書いたところでは、CDの販売集計が始まった1991年から2009年まで、このアルバムはアメリカより日本ではるかに多く売れ、同じ期間の日本ではコルトレーンの『ブルー・トレイン』をも上回っています。日本のジャズファンが名盤と呼ぶ棚は、アメリカのそれとは少し違う形をしています。

## 5. ジョン・コルトレーン『ブルー・トレイン』

ジョン・コルトレーンはサックス奏者で、ジャズの歴史で最も重要な音楽家の一人になりました。『カインド・オブ・ブルー』でも吹いています。『ブルー・トレイン』はその2年前の録音で、彼の音楽に親しみやすく入れる一枚のひとつです。ブルージーでまっすぐ、翌日も口ずさみたくなるテーマがあります。評論家[コリン・ラーキン](https://en.wikipedia.org/wiki/Colin_Larkin)は、コルトレーンにはもっと重要なアルバムがあるかもしれないが、これほどスウィングする盤はない、と評しています。

1957年9月15日にハッケンサックで録音され、1958年1月に出ました。コルトレーンがブルーノートでリーダーを務めた唯一のセッションです。ベースは『カインド・オブ・ブルー』のポール・チェンバース、ドラムスは『クール・ストラッティン』のフィリー・ジョー・ジョーンズ、トランペットは『モーニン』のリー・モーガンです。

ヴァン・ゲルダーのマスタリングを示す刻印は、音楽の溝とラベルの間のランアウトにあります。最初は手書きの「RVG」、1958年ごろから機械で打った「RVG」、1961年か1962年からは打刻の「VAN GELDER」に変わりました。**刻印は彼のマスタリングを示すもので、録音担当者やスタンパーの製造者、プレス年月を示すものではありません。** ヴァン・ゲルダーのスタンパーは、リバティやユナイテッド・アーティスツの時代にも使われ続けました。ラベルと規格番号と合わせて読むことは、[マトリクス番号の読み方](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/matrix-numbers/)で説明しています。『ブルー・トレイン』は後の版で別テイクが加えられ、最近では2022年の『コンプリート・マスターズ』があります。

## 6. ビル・エヴァンス・トリオ『ワルツ・フォー・デビイ』

ビル・エヴァンスは『カインド・オブ・ブルー』のほとんどの曲でピアノを弾いた人です。ここではベースとドラムスだけを従え、ニューヨークの小さなクラブでライブ録音されています。グラスの音やざわめき、互いの音にじっと耳を傾ける3人の様子まで聞こえてきます。静かで親密な音楽で、ジャズのトリオが「ソリストと伴奏」ではなく「会話」として成り立っていることがよく分かります。

1961年6月25日、[ヴィレッジ・ヴァンガード](https://en.wikipedia.org/wiki/Village_Vanguard)でのライブ録音で、リヴァーサイドから出ました。制作はオリン・キープニューズ。『カインド・オブ・ブルー』に参加したビル・エヴァンスが、ベースの[スコット・ラファロ](https://en.wikipedia.org/wiki/Scott_LaFaro)、ドラムスの[ポール・モチアン](https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Motian)と演奏しています。

ラファロは1961年7月6日、自動車事故で亡くなりました。同じ日の録音からは『サンデイ・アット・ザ・ヴィレッジ・ヴァンガード』も生まれていて、二枚は別々のアルバムというより、一日の二つの半分です。日本では特に大きなヒットとなり、2016年には日本レコード協会のゴールドディスクに認定されました。ユニバーサル ミュージックの再発シリーズ「ジャズの100枚。」でも、売上のトップはこの一枚でした。CDには未発表テイクが加えられ、2005年にはその日の全録音が『コンプリート・ヴィレッジ・ヴァンガード・レコーディングス 1961』として出ています。最初に出たときのアルバムを聴きたいなら、曲順に別テイクが挟み込まれていないかを確かめてください。

## 7. ハービー・ハンコック『処女航海』

[ハービー・ハンコック](https://en.wikipedia.org/wiki/Herbie_Hancock)は、1960年代にマイルス・デイヴィスのバンドで弾いていたピアニストです。このアルバムは海の響きを目指して作られました。曲名は海にちなみ、音楽はゆっくりとしたうねりのように進み、音と音の間にたっぷりと余白があります。『カインド・オブ・ブルー』の落ち着いた開かれた響きがその後どこへ向かったのか気になったら、これがひとつの答えです。

1965年3月17日、イングルウッド・クリフスで録音。モノラルは BLP 4195、ステレオは BST 84195 として出ました。トランペットは[フレディ・ハバード](https://en.wikipedia.org/wiki/Freddie_Hubbard)、テナーは[ジョージ・コールマン](https://en.wikipedia.org/wiki/George_Coleman)、ベースは[ロン・カーター](https://en.wikipedia.org/wiki/Ron_Carter)、ドラムスは[トニー・ウィリアムス](https://en.wikipedia.org/wiki/Tony_Williams_(drummer))。ハンコック、コールマン、カーター、ウィリアムスは、いずれも少し前までマイルス・デイヴィスのクインテットにいました。録音の日付は違っても、線は最初の一枚に戻ってきます。

1965年の録音なので、初期の盤には「RVG」ではなく打刻の「VAN GELDER」があるのがふつうですが、刻印の時期の区切りはおおよそのものです。初期プレスを確認するには、ラベルとランアウトの全表記を、同じ国の記録が確認できる版と照合してください。

## 8. デイヴ・ブルーベック・カルテット『タイム・アウト』

[デイヴ・ブルーベック](https://en.wikipedia.org/wiki/Dave_Brubeck)はピアニストで、彼のバンドは、ふつうの4拍子ではなく5拍子や9拍子といった珍しいリズムで演奏するのを好みました。難しそうに聞こえますが、聴いていてそう感じることはありません。代表曲「テイク・ファイヴ」は、100万枚以上売れた最初のジャズのシングルになりました。ジャズは冒険的でありながら親しみやすくもなれる、ということを示す一枚です。

1959年6月25日、7月1日、8月18日に、コロンビア30丁目スタジオで録音されました。『カインド・オブ・ブルー』と同じ部屋、同じ年です。制作はテオ・マセロ。ブルーベックのピアノに、[ポール・デスモンド](https://en.wikipedia.org/wiki/Paul_Desmond)のアルト、[ユージン・ライト](https://en.wikipedia.org/wiki/Eugene_Wright)のベース、[ジョー・モレロ](https://en.wikipedia.org/wiki/Joe_Morello)のドラムスです。

5拍子の「テイク・ファイヴ」はデスモンドの作曲で、ほかはすべてブルーベックの曲です。「トルコ風ブルー・ロンド」は、おもに2+2+2+3に分けた9拍子で始まり、ソロに入ると4拍子に落ち着きます。**ジャズのアルバムとして初めて100万枚を売った一枚**なので、中古で出会う機会は多いはずです。希少さではなく状態で比べてください。1997年にリマスターされ、2009年の50周年記念盤にはコンサート録音のCDとDVDが加わりました。アルバムだけを聴きたいなら、そこまでは要りません。

## 9. スタン・ゲッツ&ジョアン・ジルベルト『ゲッツ/ジルベルト』

ブラジルのボサノヴァを世界に広めたのがこのレコードです。アメリカのサックス奏者[スタン・ゲッツ](https://en.wikipedia.org/wiki/Stan_Getz)が、ブラジルの歌手でギタリストの[ジョアン・ジルベルト](https://en.wikipedia.org/wiki/Jo%C3%A3o_Gilberto)と録音しました。「イパネマの娘」が入っていて、アルバムを持っていなくても、この曲はどこかで耳にしているかもしれません。やわらかく、陽だまりのような、親しみやすい一枚で、史上最も売れたジャズ・アルバムのひとつになりました。

1963年3月18日と19日、ニューヨークの[A&Rレコーディング](https://en.wikipedia.org/wiki/A_%26_R_Recording)で録音されました。エンジニアはスタジオの所有者だった[フィル・ラモーン](https://en.wikipedia.org/wiki/Phil_Ramone)、制作はヴァーヴの[クリード・テイラー](https://en.wikipedia.org/wiki/Creed_Taylor)です。ピアノは[アントニオ・カルロス・ジョビン](https://en.wikipedia.org/wiki/Ant%C3%B4nio_Carlos_Jobim)、ベースはセバスチャン・ネト、ドラムスは[ミルトン・バナナ](https://en.wikipedia.org/wiki/Milton_Banana)。[アストラッド・ジルベルト](https://en.wikipedia.org/wiki/Astrud_Gilberto)が2曲で歌っています。

クレジットについて二つ。再発盤はベーシストとして[トミー・ウィリアムス](https://en.wikipedia.org/wiki/Tommy_Williams_(musician))の名を載せていますが、彼はセッションで演奏していません。そして「イパネマの娘」には二つの形があります。アルバム版は約5分24秒でジョアン・ジルベルトのポルトガル語の歌詞を含み、シングルはそれを省いて約2分44秒に短縮されました。1965年のグラミー賞で最優秀アルバム賞を受けています。2014年のヴァーヴ盤CD B0020749-02はステレオとモノラルの両方に、「イパネマの娘」とB面「コルコヴァード」のシングル版を加えていて、探し回らずに両方の形を持つ方法のひとつです。

## 10. エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロング『エラ・アンド・ルイ』

楽器だけのジャズがとっつきにくいなら、歌から入ってみてください。[エラ・フィッツジェラルド](https://en.wikipedia.org/wiki/Ella_Fitzgerald)と[ルイ・アームストロング](https://en.wikipedia.org/wiki/Louis_Armstrong)は、ジャズで最も愛された歌い手の二人です。ここでは二人が小編成のバンドを従え、よく知られたバラードをゆったりと歌っています。なめらかで正確な彼女の声と、しゃがれて温かい彼の声。その対比が楽しみの半分です。ジャズは苦手という人にかけたい一枚です。

1956年8月16日、ハリウッドのキャピトル・スタジオで録音され、[ノーマン・グランツ](https://en.wikipedia.org/wiki/Norman_Granz)の制作でヴァーヴ MGV 4003 として出ました。伴奏は[オスカー・ピーターソン](https://en.wikipedia.org/wiki/Oscar_Peterson)・カルテット。ピーターソン、ギターの[ハーブ・エリス](https://en.wikipedia.org/wiki/Herb_Ellis)、ベースの[レイ・ブラウン](https://en.wikipedia.org/wiki/Ray_Brown_(musician))、ドラムスの[バディ・リッチ](https://en.wikipedia.org/wiki/Buddy_Rich)です。

二人がヴァーヴで作った3枚のうちの最初の一枚で、1957年に『エラ・アンド・ルイ・アゲイン』、1959年に『ポーギーとベス』が続きました。3枚は後に『コンプリート・エラ・フィッツジェラルド&ルイ・アームストロング・オン・ヴァーヴ』にまとめられています。出品を見るときにタイトルに注意が要るのは、そのためです。曲数の違う「エラ・アンド・ルイ」は、ほかの2枚か、3枚から選んだ編集盤かもしれません。

## 番外編：サマラ・ジョイ『リンガー・アワイル』

ここまでの10枚は、どれも60年以上前の録音です。そこで最後に、いまジャズを歌っている人を一人。[サマラ・ジョイ](https://en.wikipedia.org/wiki/Samara_Joy)は1999年生まれ、ニューヨークのブロンクス出身の歌手です。大学でジャズを学び、エラ・フィッツジェラルドの名を冠した奨学生にも選ばれました。すぐ上の『エラ・アンド・ルイ』からまっすぐつながる歌声です。『リンガー・アワイル』は、「ラウンド・ミッドナイト」のような有名曲からあまり知られていない曲まで、古い歌を温かく豊かな声で、小編成のバンドとともに歌ったアルバムです。

2022年9月16日にヴァーヴから発売され、制作は[マット・ピアソン](https://en.wikipedia.org/wiki/Matt_Pierson)。ギターは[パスクァーレ・グラッソ](https://en.wikipedia.org/wiki/Pasquale_Grasso)、ピアノは[ベン・パターソン](https://en.wikipedia.org/wiki/Ben_Paterson)、ベースはデヴィッド・ウォン、ドラムスは[ケニー・ワシントン](https://en.wikipedia.org/wiki/Kenny_Washington_(musician))です。グラミー賞の最優秀ジャズ・ボーカル・アルバムを受賞し、同じ2023年の授賞式でジョイは最優秀新人賞にも選ばれました。

## 一枚を選ぶ

日本で買うなら、国内盤という選択肢もあります。国内盤には日本語の解説書と帯が付くことが多く、輸入盤には付かないことが多い、というのが一般的な違いです。ブルーノートの国内盤は、東芝音工（1973年に東芝EMIへ改称）、1977年からはキングレコードと、時代によって発売元が変わってきました。帯と解説の発売元は、その国内盤がいつごろのものかを知る手がかりになります。

どの名盤も、きちんと聴くために初期プレスは要りません。必要なのは、欲しい中身が入っていること。つまり曲、テイク、曲順です。そのうえで、状態が聴く邪魔をしないことです。

**ボーナス・トラックや別テイクが加わると、同じタイトルでも聴こえるアルバムが変わります。** 買う前に、出品と三つを照らし合わせてください。オリジナルと比べた曲数。追加曲が最後にまとまっているか、曲順の途中に挟まっているか。そしてクレジット。CDの場合に盤とブックレットと版で何を確かめるかは、[中古CDの買い方](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/buying-used-cds/)にまとめています。

古いレコードを探すなら、ブルーノートの盤は手がかりが多いほうです。規格番号、ラベルのデザイン、ヴァン・ゲルダーの刻印が互いに矛盾しないかを見てください。手がかりどうしを照らし合わせる手順は、[レコードのプレスを見分ける方法](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/identify-vinyl-pressing/)で説明しています。新しいレコードなら、ブルーノートの Classic Vinyl シリーズは工程をはっきり書いています。オリジナル・マスターテープから[ケヴィン・グレイ](https://en.wikipedia.org/wiki/Kevin_Gray_(engineer))がマスタリングし、全工程アナログで、ドイツのOptimalで180gにプレス。聴くための一枚として工程が記録されているということで、ほかのどの版より優れているという意味ではありません。

## 次の一枚へ

ここにある中で、何度もかけてしまう一枚を裏返し、まだ知らない名前を一つ選んでください。その人が同じ2、3年のあいだにほかに何に参加していたかを調べます。やり方はそれだけです。長いリストよりも、よい次の一枚に出会えることが多いはずです。欲しい演奏が入った一枚を選び、次はクレジットに選ばせてください。

棚が埋まり始めたら、[Record by Record](https://www.recordbyrecord.app/ja/)がそれぞれの盤の版の情報を記録します。次に出品を見たとき、手元にある一枚と照らし合わせられます。

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HTML版：https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/best-jazz-albums/
