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title: "ソウルの名盤10選：定番アルバムと、買う盤の確かめ方を解説します"
description: "ソウルの名盤として聴き継がれてきた10枚を、演奏者のつながりで選びました。録音の事実と、盤を買う前に確かめたいことをまとめます。"
canonical: "https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/best-soul-albums/"
locale: "ja"
published: "2026-10-13"
updated: "2026-10-13"
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# ソウル名盤10枚：クレジットでつながる定番と、手元に置きたい一枚

ソウルの名盤を一枚手に取って、裏返してみてください。『オーティス・ブルー』の裏ジャケットの小さな文字に、ドラムス、[アル・ジャクソン・ジュニア](https://en.wikipedia.org/wiki/Al_Jackson_Jr.)とあります。8年後、街の反対側で別のレーベルのために作られた[アル・グリーン](https://en.wikipedia.org/wiki/Al_Green)『コール・ミー』の裏にも、同じ名前があります。その2年前、ハリウッドで録音された[ビル・ウィザース](https://en.wikipedia.org/wiki/Bill_Withers)の最初のアルバムにも、同じ名前が載っています。

ソウルは歌声で語られる音楽で、それは正しいことです。けれども**これらのレコードを作ったのは、レーベルやスタジオや街を行き来していた、ごく限られた演奏者たちでした**。その音が聴き分けられるようになると、歌手の名前だけが入り口ではなくなります。裏ジャケットのクレジットは、次に聴く一枚への地図になります。

何を名盤と呼ぶかは人によって違い、このリストも答えではなく、ひとつの提案です。ここに並ぶ10枚は1965年から1976年まで、発売順です。フィラデルフィアのソウルも、シカゴのボーカル・グループも、それ以降の多くの音楽も入っていません。選んだ理由は、10枚が互いに呼び合うことです。同じベーシスト、同じホーン、同じプロデューサーが、まったく違う歌声の後ろに現れます。1枚ごとに、ソウルを初めて聴く人のための入り口、知っておきたい事実、そして手元の盤で確かめたいことをひとつ書きました。最後に、日本の一枚を加えています。

## 1. オーティス・レディング『オーティス・ブルー』（1965）

どこから始めるか迷ったら、ここからです。[オーティス・レディング](https://en.wikipedia.org/wiki/Otis_Redding)はこのアルバムのほとんどを2日間で録音し、自作曲とほかの歌手のヒット曲を並べました。批評家からは長く彼の最高作と評され、ソウルの時代を決定づけるアルバムと呼んだ評論家もいます。全11曲のうち3曲が彼の曲で、3曲は数か月前に亡くなった[サム・クック](https://en.wikipedia.org/wiki/Sam_Cooke)の曲です。

1965年9月15日、[スタックス](https://en.wikipedia.org/wiki/Stax_Records)の傘下レーベル、ヴォルトから発売されました。大半の録音は7月9日と10日、メンフィスのスタックスで、**およそ24時間のうちに2回のセッション**で行われました。あいだにはハウス・バンドが地元のライブに出られるよう休憩を挟んでいます。

そのハウス・バンドが[ブッカー・T&ザ・MG's](https://en.wikipedia.org/wiki/Booker_T._%26_the_M.G.%27s)です。[ブッカー・T・ジョーンズ](https://en.wikipedia.org/wiki/Booker_T._Jones)、[スティーヴ・クロッパー](https://en.wikipedia.org/wiki/Steve_Cropper)、[ドナルド・“ダック”・ダン](https://en.wikipedia.org/wiki/Donald_%22Duck%22_Dunn)、アル・ジャクソン・ジュニア。キーボードには[アイザック・ヘイズ](https://en.wikipedia.org/wiki/Isaac_Hayes)も加わり、ホーンには[ウェイン・ジャクソン](https://en.wikipedia.org/wiki/Wayne_Jackson_(musician))と[アンドリュー・ラヴ](https://en.wikipedia.org/wiki/Andrew_Love_(musician))がいます。二人はのちに[メンフィス・ホーンズ](https://en.wikipedia.org/wiki/The_Memphis_Horns)として独立して活動しました。これらの名前を覚えておいてください。ほとんどがまた登場します。

クックの曲のほかに、[ローリング・ストーンズ](https://en.wikipedia.org/wiki/The_Rolling_Stones)の「サティスファクション」と、レディング自身の曲「リスペクト」が入っています。[アレサ・フランクリン](https://en.wikipedia.org/wiki/Aretha_Franklin)が自分の歌にする前のことです。

*確かめたいこと*：モノラル盤とステレオ盤があります。2008年にライノが出したコレクターズ・エディションには両方が入っています。どちらを買うのか、知っておいてください。

## 2. アレサ・フランクリン『レディ・ソウル』（1968）

「チェイン・オブ・フールズ」と「ナチュラル・ウーマン」を収めたアルバムです。ビルボードのR&Bアルバム・チャートで16週にわたって1位を続け、ポップ・チャートでも2位まで上がりました。ラジオでこれらの曲を知っているなら、ここではバンドとコーラスに囲まれたかたちで聴けます。

1968年1月22日にアトランティックから発売されました。プロデュースは[ジェリー・ウェクスラー](https://en.wikipedia.org/wiki/Jerry_Wexler)、録音エンジニアは[トム・ダウド](https://en.wikipedia.org/wiki/Tom_Dowd)です。

フランクリンの名前の先も読んでみてください。コーラスには[シシー・ヒューストン](https://en.wikipedia.org/wiki/Cissy_Houston)を含む[スウィート・インスピレーションズ](https://en.wikipedia.org/wiki/The_Sweet_Inspirations)と、アレサの妹[キャロリン・フランクリン](https://en.wikipedia.org/wiki/Carolyn_Franklin)がいます。ベースは[トミー・コグビル](https://en.wikipedia.org/wiki/Tommy_Cogbill)、ドラムスは[ロジャー・ホーキンス](https://en.wikipedia.org/wiki/Roger_Hawkins)、キーボードは[スプーナー・オールダム](https://en.wikipedia.org/wiki/Spooner_Oldham)です。テナーサックスには[キング・カーティス](https://en.wikipedia.org/wiki/King_Curtis)、そして当時[クリーム](https://en.wikipedia.org/wiki/Cream_(band))のメンバーだった[エリック・クラプトン](https://en.wikipedia.org/wiki/Eric_Clapton)が1曲でギターを弾いています。

*確かめたいこと*：アトランティックの米国盤の規格番号は SD 8176 です。番号が違えば別のリリースで、そこから[プレスの見分け方](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/identify-vinyl-pressing/)が始まります。ジャケット、ラベル、規格番号を互いに照らし合わせてください。

## 3. ダスティ・スプリングフィールド『ダスティ・イン・メンフィス』（1969）

[ダスティ・スプリングフィールド](https://en.wikipedia.org/wiki/Dusty_Springfield)はイギリスのポップ・スターで、アメリカのソウル、とりわけウェクスラーが手がけたアトランティックのレコードを熱心に推していました。このアルバムのために、アメリカではアトランティックと契約しています。「サン・オブ・ア・プリーチャー・マン」はこのアルバムの曲です。発売当初は売れず、アメリカでは99位どまりでした。評価が高まったのはそのあとです。

ふたたびウェクスラー、そしてトム・ダウドと[アリフ・マーディン](https://en.wikipedia.org/wiki/Arif_Mardin)。1968年、メンフィスの[アメリカン・サウンド・スタジオ](https://en.wikipedia.org/wiki/American_Sound_Studio)での録音です。バンドのひとりの名前には、もう見覚えがあるはずです。**ベースのトミー・コグビルは、『レディ・ソウル』のクレジットにもいました**。ここでもスウィート・インスピレーションズが後ろで歌っています。

メンフィスでのセッションは彼女にとって難しいものになり、最終的なボーカルは、のちにニューヨークで録音されました。ジャケットに「メンフィス」とあるアルバムは、別の街で仕上げられたのです。

*確かめたいこと*：アメリカではアトランティック、ほかの国ではフィリップスから出たため、「オリジナル」を名乗るラベルが二系統あります。1999年のライノのデラックス・エディションにはボーナス・トラックが14曲加わっています。それが欲しいのか、当時のままのアルバムが欲しいのかを決めてください。

## 4. アイザック・ヘイズ『ホット・バタード・ソウル』（1969）

4曲入りで、そのうち2曲が演奏時間の大半を占めます。『オーティス・ブルー』でキーボードを弾いていたアイザック・ヘイズが、[バート・バカラック](https://en.wikipedia.org/wiki/Burt_Bacharach)と[ハル・デイヴィッド](https://en.wikipedia.org/wiki/Hal_David)、[ジミー・ウェッブ](https://en.wikipedia.org/wiki/Jimmy_Webb)というほかの作者の曲を取り上げ、ストリングスとホーンの下で引き伸ばしました。「By the Time I Get to Phoenix」は19分近くになります。1969年当時は、その長さこそが過激でした。

このアルバムは、ある経営上の問題から生まれました。1968年にスタックスがアトランティックと袂を分かったとき、スタックスは過去のカタログをすべて失いました。重役の[アル・ベル](https://en.wikipedia.org/wiki/Al_Bell)は、新しいカタログをほぼ一度に作ると決めます。数か月で何十枚ものアルバムとシングルです。最初のソロ・アルバムが売れなかったヘイズは、次の作品で完全な制作の自由を求め、それを手にしました。

1969年、スタックス傘下のエンタープライズから発売されました。ベーシックの演奏は[バーケイズ](https://en.wikipedia.org/wiki/Bar-Kays)で、メンフィスの[アーデント](https://en.wikipedia.org/wiki/Ardent_Studios)で録音され、仕上げとミックスはデトロイトで行われました。

*確かめたいこと*：演奏時間です。「ウォーク・オン・バイ」は約12分、「By the Time I Get to Phoenix」は18分半を超えます。どちらもシングル用に短く編集されました。アルバム本編がフル・バージョンかどうかを確かめてください。2009年のスタックスのCDのように、シングル版を最後にボーナス・トラックとして加えた再発盤もあります。

## 5. ビル・ウィザース『ジャスト・アズ・アイ・アム』（1971）

最初のアルバムのジャケットで、ビル・ウィザースはランチボックスを手に、れんがの建物の前に立っています。当時まだ働いていて、飛行機のトイレを取り付けていた工場だといわれています。アルバムには「エイント・ノー・サンシャイン」が入っています。2分ほどの短い曲です。

1971年5月にサセックスから発売され、ハリウッドで録音されました。プロデュースと編曲はブッカー・T・ジョーンズ。ドラムスは[ジム・ケルトナー](https://en.wikipedia.org/wiki/Jim_Keltner)とアル・ジャクソン・ジュニア。ベースは[クリス・エスリッジ](https://en.wikipedia.org/wiki/Chris_Ethridge)とダック・ダン。『オーティス・ブルー』のMG'sの4人のうち3人が、6年後に別の街で、アコースティック・ギターを抱えたシンガー・ソングライターを支えています。[スティーヴン・スティルス](https://en.wikipedia.org/wiki/Stephen_Stills)もギターで参加しています。

このレコードを『オーティス・ブルー』と並べて、歌ではなくドラムスを聴いてみてください。この棚は、その練習のためにあります。

*確かめたいこと*：アルバムは12曲で、「ベター・オフ・デッド」で終わります。2005年のデュアルディスクは、CD面にこの12曲を収め、DVD面にライブ映像を加えています。

## 6. マーヴィン・ゲイ『ホワッツ・ゴーイン・オン』（1971）

[マーヴィン・ゲイ](https://en.wikipedia.org/wiki/Marvin_Gaye)が自らプロデュースした一枚です。歌われるのは愛ではなく、戦争や貧困や環境のことです。曲と曲が切れ目なくつながり、片面がほとんどひとつの曲のように流れます。どの盤を買うかは[レコードで持ちたい名盤のガイド](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/best-albums-on-vinyl/)で扱っています。ここで語りたいのはミックスの話です。

1971年5月21日、モータウン傘下のタムラから発売されました。[デヴィッド・ヴァン・デピット](https://en.wikipedia.org/wiki/David_Van_De_Pitte)がアルバムの編曲とオーケストラの指揮を担当し、ベースは[ジェームス・ジェマーソン](https://en.wikipedia.org/wiki/James_Jamerson)です。モータウンのスタジオ・ミュージシャン、[ファンク・ブラザーズ](https://en.wikipedia.org/wiki/The_Funk_Brothers)をクレジットした初めてのゲイのアルバムでもあります。タイトル曲は1970年6月にデトロイトで録音が始まり、残りは1971年の初めに、主にデトロイトで録音されました。

そして、アルバムは場所を移します。デトロイトでのミックスには1971年4月5日の日付があります。ゲイは土壇場でこれを取りやめ、ロサンゼルスでミックスし直させました。広く知られているのはロサンゼルスのミックスです。**デトロイト・ミックスは2001年のデラックス・エディションまで未発表のままでした。**

*確かめたいこと*：手元の盤がデラックス版なら、どちらのミックスが本編で、どちらがおまけなのかを確かめてください。同じ曲の異なるバランスで、その違いこそ[オリジナル盤・再発盤・リマスターの違い](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/original-reissue-remaster/)が整理していることです。リミックスは音のきれいな複製ではなく、別のレコードです。

## 7. カーティス・メイフィールド『スーパーフライ』（1972）

映画より売れたサウンドトラックです。[カーティス・メイフィールド](https://en.wikipedia.org/wiki/Curtis_Mayfield)は、映画が麻薬取引を魅力的に見せていると考え、その逆を語る歌を書きました。そのうち「フレディズ・デッド」とタイトル曲の2曲がトップ10入りしています。

1972年、映画の公開の1か月前に、メイフィールドが共同で設立したレーベル、カートムから発売されました。セッションは1971年の終わりにニューヨークの[ベル・サウンド](https://en.wikipedia.org/wiki/Bell_Sound_Studios)で始まり、曲の多くはシカゴの自宅で書かれました。プロデュースはメイフィールド、編曲は[ジョニー・ペイト](https://en.wikipedia.org/wiki/Johnny_Pate)。ビルボード200で1位になりました。

この一枚は、リストの釣り合いをとるために置いています。ここまでの盤はメンフィスの演奏者や、アトランティックのプロデューサー、モータウンのスタジオ・バンドに支えられていました。こちらは自分のレーベルを持つアーティストの作品で、別の流れから生まれています。

*確かめたいこと*：1997年のライノの25周年記念盤には、デモ、別バージョンやインストゥルメンタル、ラジオ・スポット、インタビューを収めたディスクが加わっています。その1枚目には、アルバムのあとに「フレディズ・デッド」と「スーパーフライ」のシングル・ミックスが入っています。アルバム本編は「スーパーフライ」で終わり、そのあとはおまけです。

## 8. アル・グリーン『コール・ミー』（1973）

『コール・ミー』は、アル・グリーンの最高傑作として広く知られています。トップ10入りしたシングルが3曲あり、[ウィリー・ネルソン](https://en.wikipedia.org/wiki/Willie_Nelson)と[ハンク・ウィリアムズ](https://en.wikipedia.org/wiki/Hank_Williams)の曲も取り上げて、カントリーにも手を伸ばしています。

1973年にハイ・レコードから発売されました。録音はメンフィスの[ロイヤル・スタジオ](https://en.wikipedia.org/wiki/Royal_Studios)で、[ウィリー・ミッチェル](https://en.wikipedia.org/wiki/Willie_Mitchell_(musician))がプロデュースと録音を担当しています。バンドはホッジズ兄弟で、オルガンとピアノが[チャールズ](https://en.wikipedia.org/wiki/Charles_Hodges)、ベースが[リロイ](https://en.wikipedia.org/wiki/Leroy_Hodges)、ギターが[ティーニー](https://en.wikipedia.org/wiki/Teenie_Hodges)。そこに[ハワード・グライムス](https://en.wikipedia.org/wiki/Howard_Grimes)と**アル・ジャクソン・ジュニアが、ドラムスを分け合っています**。ホーンには、『オーティス・ブルー』から8年後のウェイン・ジャクソンとアンドリュー・ラヴがいます。

歌声の下で鳴っている音を聴く練習に向いた一枚です。オルガン、ベースライン、ドラマーがどこで間を空けているか。

*確かめたいこと*：レーベル名だけでは盤の年代は決まりません。早い時期の盤と後年の盤を分けるのは、規格番号と、最後の曲とラベルのあいだの平らな部分、ランアウトです。読み方は[マトリクス番号の読み方](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/matrix-numbers/)で説明しています。

## 9. アン・ピーブルス『アイ・キャント・スタンド・ザ・レイン』（1974）

[アン・ピーブルス](https://en.wikipedia.org/wiki/Ann_Peebles)のタイトル曲は、アルバムより有名です。彼女の最大のヒットで、その後もほかの歌手に歌い継がれてきました。[ジョン・レノン](https://en.wikipedia.org/wiki/John_Lennon)は、この曲を史上最高の歌と呼びました。

同じスタジオ、同じプロデューサー、ほぼ同じバンドです。ロイヤル、ウィリー・ミッチェル、ホッジズ兄弟、ハワード・グライムス、メンフィス・ホーンズ。1973年に録音され、1974年にハイから発売されました。曲の多くはピーブルスと、当時のパートナーでのちに夫となる[ドン・ブライアント](https://en.wikipedia.org/wiki/Don_Bryant_(songwriter))が書いています。ブライアント、ピーブルス、そしてメンフィスのDJ、バーニー・ミラーによるタイトル曲は、全米ポップ・チャートで38位まで上がりました。

アルバムのほうは、ビルボード200で155位が最高でした。『コール・ミー』のあとにかけて、同じ演奏者たちが別の歌い手をどう支えているかを聴いてみてください。

*確かめたいこと*：タイトル曲は数えきれないほどのコンピレーションに入っています。アルバムを探しているなら、全10曲のアルバムを手にしているか確かめてください。

## 10. スティーヴィー・ワンダー『キー・オブ・ライフ』（1976）

2枚のレコードとボーナスEPに21曲。「Sir Duke」や「Isn't She Lovely」も入っています。[スティーヴィー・ワンダー](https://en.wikipedia.org/wiki/Stevie_Wonder)が大半の曲を書き、全体をプロデュースしました。チャートには初登場で1位に入り、グラミー賞の最優秀アルバム賞を受けています。

1976年9月28日、タムラから発売されました。録音はおよそ2年半にわたり、主にハリウッドのクリスタル・サウンドで行われ、ロサンゼルスとサウサリートの[レコード・プラント](https://en.wikipedia.org/wiki/Record_Plant)、ニューヨークの[ヒット・ファクトリー](https://en.wikipedia.org/wiki/The_Hit_Factory)でもセッションがありました。クレジットされた音楽家は120人を超え、[ハービー・ハンコック](https://en.wikipedia.org/wiki/Herbie_Hancock)や[ジョージ・ベンソン](https://en.wikipedia.org/wiki/George_Benson)も参加しています。

だからこそ、この一枚でリストを閉じます。バンドが物語の半分を担う9枚のあとに、大勢に支えられた一人の音楽家の構想が来るのです。

*確かめたいこと*：発売時は**LP2枚に、4曲入りの7インチEP『サムシングズ・エクストラ』が付いていました**。CDでは、1984年のタムラ盤（TCD06115TD-2）がこの4曲を2枚のディスクに分けて収め、2000年の再発盤は1976年と同じように2枚目の最後にまとめています。さらに、ちょうど50年後の2026年9月28日、ワンダーは同じセッションの未発表曲4曲を、アルバムと同じ名前の新しいEPとして発表しました。これは別のリリースで、『サムシングズ・エクストラ』ではありません。中古のレコードを買うときは、元の7インチEPが付いているかを名前で尋ねてください。

## ボーナス：忌野清志郎『Memphis』（1992）

10枚の糸は、日本にも届いています。[忌野清志郎](https://en.wikipedia.org/wiki/Kiyoshiro_Imawano)はオーティス・レディングを最も影響を受けた音楽家の一人に挙げ、ステージでの「愛しあってるかい？」も、オーティスのMCを自分の言葉にしたものでした。1991年、彼はスティーヴ・クロッパーのプロデュースで、MG'sの面々とアルバムを作ります。

『Memphis』は1992年3月25日に東芝EMIから発売されました。録音は1991年5月から10月、スタックスの地元メンフィスで行われ、すでに亡くなっていたアル・ジャクソン・ジュニアを除くMG'sと、メンフィス・ホーンズが参加しています。オリコンで最高5位を記録し、MG'sが再び集まるきっかけにもなりました。1992年には清志郎とMG'sのツアーも行われ、『オーティス・ブルー』の裏ジャケットに並んでいた演奏者たちが、27年後に日本の歌手を支えました。清志郎の最後のステージも、2008年11月23日、ブルーノート東京でのブッカー・T&ザ・MG'sの公演に飛び入りしたときでした。

*確かめたいこと*：発売当時はCDとカセットだけで、LPはプロモーション用に作られたものでした。2008年の紙ジャケット再発盤は、そのプロモ用LPのジャケットを再現したCDです。「LPジャケット仕様」とある出品が、レコードなのかCDなのか確かめてください。

## 買う前に

どのアルバムも、初期プレスでなくてかまいません。大事なのは、どの版を買うかです。どの曲が入り、どのミックスで、どの曲順なのか。そして、音楽の邪魔をしない程度にきれいな盤であることです。

いくつかの盤には複数のミックスがあるので、どれを買うのか確かめてください。そのうえで、曲数、演奏時間、付属していたディスクまで、あるべきものを数えてください。ミックスが差し替えられた拡大版、アルバムのふりをしたコンピレーション、オリジナルにあった曲が欠けたCD。どれも、プレーヤーで聴く前に、曲目とクレジットに表れます。CDで買うなら、[中古CDを買う前に確かめること](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/buying-used-cds/)で、ディスク、ブックレット、エディションの見方を説明しています。日本盤なら、帯が揃っているかどうかも確かめたいところです。帯については[帯のガイド](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/obi-strip/)にまとめています。

## 次の一枚へ

次に聴く一枚の手がかりは、もう手元の盤のクレジットにあります。『ジャスト・アズ・アイ・アム』のドラムスが気になったら、アル・ジャクソン・ジュニアをスタックスまでさかのぼってください。『コール・ミー』と『アイ・キャント・スタンド・ザ・レイン』が同じ部屋の音に聞こえたら、ロイヤルで録られたほかの盤を探してください。ホーンが好きなら、メンフィス・ホーンズはメンフィスのはるか外まで録音を残しています。プロデューサーでも構いません。ジェリー・ウェクスラーはこの10枚のうち2枚を、ウィリー・ミッチェルはもう2枚をつないでいます。いちばん繰り返し聴く一枚から、ドラマーやスタジオ、プロデューサーをたどってください。同じやり方は[ジャズの名盤](https://www.recordbyrecord.app/ja/blog/best-jazz-albums/)にも使えます。名前は同じように、裏ジャケットの小さな文字の中で待っています。

たどっている演奏者のことは、[Record by Record](https://www.recordbyrecord.app/ja/)で盤そのものと一緒に記録しておけば、糸が元のレコードから離れずにすみます。

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